Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史:指揮者
東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。
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2010年2月 6日 12:06
Italian style from Japan その 1
ラトビア共和国を代表する新聞 "Diena" に、インタビューが掲載されました。
(写真は、同紙1月23日付の表一面です。 なお、インタビューは最終ページ(裏表紙)一面にわたって掲載されました。)
もちろん、全編ラトビア語となりますので、在リガ日本大使館の専門調査員、菅野さんが邦訳してくださいました。
記事がとても長いので、2回に分けて連続でアップいたします。
「イタリアのスタイルで。日本から」
ヒロフミ・ヨシダ氏、ラトビア国立歌劇場で「椿姫」を指揮
イネセ・ルースィニャ記者のおすすめ
ラトビア国立歌劇場に、初めて日本人指揮者が客演する。今夜、遠い国からのお客様が我々に引き合わせてくれるのはジュゼッペ・ヴェルディの「椿姫」で、ヴィオレッタとアルフレードを演ずるのはソノーラ・バイツェとドミトリイ・ポポフである。
吉田氏は今シーズン、5月27日にもジャコモ・プッチーニの「蝶々夫人」を指揮するため、再び我々のところに戻ってくる。「私の夢は、ヨーロッパの聴衆の皆さんに本当の日本のオペラ、-『源氏物語』のような- をお見せすることです。この元となっているのは1200年前、女性作家により書かれた物語です。また、オペラの作者ミノル・ミキ(三木稔氏のこと)は、我が国では最も著名な作曲家の1人です」と吉田裕史氏は打ち明ける。
しかし、まず世界に向けて上演されているのはヨーロッパのオペラである。「オペラの全レパートリーの約半分はイタリア・オペラで、指揮者はそのレパートリーを(学ぶことによって)成長しなければなりません。このことが、後に自国の音楽を世界に提供する経験と力を与えてくれるのです。私は日本の音楽を愛していますし、音楽に国境がないことを知っています。日本人はヨーロッパの作曲家の音楽が好きですが、私は、ヨーロッパの人々も日本の音楽を愛するようになると確信しています。私の考えでは、全ての事柄は次のような順序で起きるのです。つまり、情熱を抱き、行動し、そして使命感に達すること。まず、何かを成し遂げようとする熱意のある希望をもつことです。そのあとに努力が続けば、それから、おそらく神様は何かインスピレーションのようなものを与えてくれるのだろうと確信しています。」吉田裕史氏の人生と仕事の公式は、このように響いているのだ。(続く)
Staff
2010年1月21日 23:21
La vita è bella!その4 "パルディァス!"
今日はとても素敵な経験をしました。 リハーサルが終わって、友人のパオロさん(写真の大きな背中が彼で、ラトビア国立歌劇場イタリアオペラ部門芸術顧問)と、劇場の前のカフェに入った時のことです。"ヒロ、ここのホット・チョコレートが美味しいんだよ。君も飲んでみないかい? かなりdenso(デンソ、イタリア語で"濃密な"という意味)だけどね。" という言葉に誘われ、彼と同じものを注文してみました。すると、、 本当に、とっても "denso" でした(笑&注:イタリア人の男性は甘いものが大好きです) マイナス10度以下(来週はマイナス30度になるかもしれないとのこと!)のこの国では、カフェに入って飲むホット・チョコレートがとっても美味しく感じられ、エネルギーを与えてくれます。
本題はここからです。
驚いたことに、カフェを運んでくれたウェイトレス(写真の女の子)が、私の前に、チョコレートを置いた瞬間、 なんと「Douzo..」と言ってくれたのです!!
「どうぞ..」と言われて、どんなにうれしかったことでしょう!!!
イタリアやドイツを含め、今までに住んだり行ったことのある国(海外)のカフェやレストランで、「どうぞ..」なんて言われたことがないだけに、、この一言で、あっという間にこの国が好きになってしまいました。(ハワイ、グアムなどの観光地や、近隣諸国の韓国や台湾ならまだしも、ここは日本から何千キロも離れたラトビアです!)
どうして日本語を知っているのか、尋ねてみると、「友人から習いました。"どうぞ" と "どうも" が、どんな時にも使えて便利だよ、って。」
確かに!(笑)
母国語で話しかけられることが、こんなにもうれしい事だと、改めて感じました。(英語で話しかけられても、きっとこんなに感動しないかもしれません。どこでも通じてしまうので。。)
ホット・チョコレートといい、「Douzo..」といい、とても心温まる一日でした。 素敵な経験に、Paldies!(ありがとう)
明日は、オーケストラ・リハーサルです。
Hirofumi Yoshida
2010年1月10日 08:35
"成功と共に開幕"
"Sociale(マントヴァ歌劇場のこと)の新年は成功と共に開幕"
劇場はシンフォニーコンサートのために満員、そして伝統的な「ラデッキー行進曲」に対してアンコールのリクエスト。
(以下、記事本文より抜粋)
マエストロ、ヒロフミ・ヨシダの指揮は、-コンサートの開始からその最後の瞬間までー 聴衆の深い共感を呼び起こした。
ロッシーニの序曲「セビリアの理髪師」のブリリアントな演奏に始まり、マスカーニの間奏曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」では、悲痛なドラマを表出。シュトラウスの作品群 -伝統的な "ポルカ" と「美しき青きドナウ」などの "ワルツ"- においては、明るく陽気、そして生き生きとした部分と、対照的に交互に現れるとてもデリケートなメロディーを表情豊かに描き切り、伝統的に(ニューイヤーコンサートのラストに)演奏される「ラデッキー行進曲」で、見事なまでに最後を締めくくった。最後のこの曲は、しかしながら、この地域(北イタリア)の歴史的背景という特別な理由から、必ずしも聴衆から受け入れられるとは限らない。それにも拘らず、劇場を埋めた満員の聴衆は、この曲のアンコールを拍手をもってリクエストしたのである。("La Voce di Mantova"紙 2010年1月2日付)
※「ラデッキー行進曲」は、その名が示すように、北イタリアの独立運動を鎮圧したハプスブルク帝国の将軍、ヨーゼフ・ラデッキーを称えて作曲された。
Staff
2010年1月 3日 23:55
Buon Capodanno 2010!
皆さん、明けましておめでとうございます!
就任記念コンサートも無事に終わり、1月1日付で マントヴァ歌劇場 音楽監督に就任いたしました。
長い歴史を誇るこの歌劇場の元旦は、この伝統的な行事 -ニューイヤーコンサート- を楽しみながら新年を祝うために集まったマントヴァ市民の皆さんでいっぱいとなりました。
コンサートでは、休憩(Intervallo)なしに一気に 8 曲もの 序曲、間奏曲、ワルツ、ポルカ ecc... が演奏されました。 最後にアンコールとして「ラデッキー行進曲」を演奏しましたが、その前に、客席を振り向き: "Buon Capodanno! Io e l'orchestra augriamo a voi tante belle cose e felicissimo anno 2010!!"(明けましておめでとうございます! 私とオーケストラは、皆さんにとってたくさんの素晴らしいことを、そして最高に幸せな2010年となることを願っています!) と挨拶させていただいたのですが、、その時すぐに、聴衆の皆さんから舞台上の私たちに向けて "Grazie!"(ありがとう!)という言葉が帰ってきたことを、とてもうれしく思うとともに、このイタリアで一つの街の音楽監督に就任することの意味を改めて実感し、身が引き締まる思いでいっぱいとなりました。
今年の10月最後の週には、記念すべき第一回目となる リゴレットフェスティヴァル の開催が予定されています。 この音楽祭は、世界遺産でもあるこの街の魅力を全て余すところなく伝え、(ヨーロッパの他の都市におけるフェスティヴァルと同じように)今後、限りなく永遠に引き継がれていかれるであろう最も重要な文化行事の一つとして位置づけられ、街全体を挙げて着々と準備が進められています。私は、この音楽祭において、オペラ「リゴレット」の指揮を任されていますが、、さらに、大変名誉なことに、すべての音楽的イベントを監修、監督することになっています。この重責を、全力を尽くして果たしていくつもりです。
フェスティヴァルは、2010年 10月22日~31日に渡って開催されます。
みなさん、ぜひ、マントヴァでお会いいたしましょう!
2010年 新年
吉田裕史
Hirofumi Yoshida
2009年12月27日 04:37
ローム ミュージック ファンデーション
2009年11月 2日 23:06
「愛の妙薬」in Ercolano
今日から、エルコラーノで「愛の妙薬」のリハーサルが始まりました。
ナポリのサン・カルロ歌劇場とのコラボレーションによって上演される今回のプロダクションは、新演出ではなく、再演、そして規模を縮小したリダクション版のため、かなりのスピード感と集中度で練習が進んでいきます。公演は11月8日に行われます。
ところで、この写真、パッと見ただけでは???だと思いますが、良く見ると "Elixir" の文字が! ブログの読者の皆さんにはお分かりいただけると思います。
参考: 6月10日の記事
Elixirは、"妙薬"、 または "媚薬" と訳されます。(ワーグナーのオペラ "トリスタンとイゾルデ" のストーリーとしても有名ですね。) このポスターは、、、偶然にも、 今日、エルコラーノに「愛の妙薬」のリハーサルに行くために、ローマからナポリ行きの特急に乗ろうとしたその時、ローマ・テルミニ駅構内のお店のショーウインドーで見つけたものです。
Hirofumi Yoshida
2009年10月20日 00:36
マイナーチェンジ
2009年7月 1日 10:42
奨学金
このブログは、できるだけ"その出来事が起きた日付"でアップするようにしています。
そのため、少し遡って記事をアップすることがあります(笑)
さて、今日はイタリア文化会館(外務省管轄)からの依頼によってイタリア政府奨学金音楽部門の審査員を務めてきました。音楽部門奨学金応募者の総数は、受給延長希望者も含めて7人でした。
主に声楽分野での応募が多かったのですが、ピアノの方も一人いらっしゃいました。前日(6月30日)には、語学試験(面接)があったのですが、皆さん、本当によくイタリア語ができます。
実技試験後の、各部門の審査員全員による合否会議では、"できるだけ多くの方に留学の機会を与え、才能ある若者たちを支援しましょう!"という一致した見解の下、とても真剣に論議が交わされました。
審査をしながら、私自身、いくつかの奨学金をいただいたことを、感謝の気持ちとともに感慨深く思い出しました。ドイツやイタリアで心おきなく留学生活を送ることができたのも、奨学金をいただいたお陰でした。選考試験を受ける度に、(人生がかかっていた)その合否の通知を、ドキドキしながら受け取ったこと、、今となっては良き思い出です。
合格された皆さん、どうか実り多き留学生活を送ってください!
そして、これからも、多くの若者たちが夢をあきらめずに、実現に向かって果敢にチャレンジして行くことを期待しています。
Hirofumi Yoshida
2009年5月27日 06:46
「アイーダ」世界初演の地より、、
予定されていた行事やアポが急に変更になるなど、いつものようにとても刺激的な毎日(笑)を送っています。
カイロ歌劇場で初めて「アイーダ」を指揮してからすでに3年目、今や、この街にはたくさんの友人(熱い音楽ファン!)ができ、そして、音楽家仲間がいます。
さて、この街には、カイロ交響楽団とカイロ・オペラ管弦楽団という2つの素晴らしいオーケストラがあるのですが、その両方に日本人の金管楽器奏者が在籍しています。今日は、そんなお二人の日常や音楽活動が綴られているとても興味深いブログを紹介したいと思います。
Tuba奏者、岡島さんのBlog
Trumpet奏者、堀江さんのBlog
マーラーの「復活」や「アイーダ」の演奏をドラマティックに終えたばかりの彼らと、そしてその演奏を聴き終えて感動冷めやらぬ音楽ファンの皆さんと一緒に、悠久のナイルに面したテラス・カフェで美しい夜景を眺めながら音楽について語り明かすのは、とても素敵な時間です!
「アイーダ」「蝶々夫人」に続いて、このオペラハウスで何を指揮することになるのでしょうか。。 みなさん、お楽しみに!
Hirofumi Yoshida
2009年3月14日 09:06
ジョヴァンニ・アッレーヴィ (アッレービ)
パレルモのマッシモ歌劇場で共演したイタリアの国民的ピアニスト、ジョヴァンニ・アッレーヴィ さんとお互いにサインをして交換し合ったプログラムです。
それにしてもこの国は、凄い!
なんと、国会、それも上院(日本でいえば参議院)に彼を招いて、議事堂の中でライブ・コンサート を開催し、それをRAI(イタリア国営放送)が放送したのです。 まさに、音楽の国、イタリアの面目躍如たるところでしょうか。。
現在、最も多く テレビ やメディアに登場するピアニストであり、コマーシャル(BMW3シリーズなど)には彼の音楽がたくさん使われています。 また、ミラノのドゥオーモ前広場に数万人の聴衆を集めて コンサート を開催したり、半生を綴ったバイオグラフィーを出版し、ベストセラーになっています。
普段はシャイでとても感受性豊かな彼ですが、そこはやっぱりイタリア人! 演奏中はとても情熱的でした。
パレルモでのコンサートは、マッシモ歌劇場がたくさんの若者たちで埋め尽くされました。 3ヶ月前に発売されたチケットは、たったの2日でソールド・アウト。 こんなにも早く売り切れたのは、リッカルド・ムーティのコンサートと今回のコンサートだけだったそうです。
最後に演奏した "300年の年輪" ~ストラディヴァリウスが生み出された樹木へ捧ぐ~ という曲がいまだに頭の中で鳴っています。 全編を通して8分の7拍子という指揮者にとってもオーケストラにとっても大変スリリングでやりがいのある(笑)曲でした。
彼のスコアを初めて受け取って、少しずつ読み始めたとき、、、なぜか、思い出されたのは、昔、大好きだったジョージ・ウィンストンの音楽でした。 いろいろな想い出とともに。。
どこからともなく、回想シーンが浮かぶ、、、これも音楽の持っている力かもしれません。。
Hirofumi Yoshida
2009年1月 1日 05:40
2009年!
あけましておめでとうございます。
みなさんにとって、最高に幸せな2009年となりますように!
(早いもので、平成は21年目となりました)
吉田裕史
Hirofumi Yoshida
2008年12月28日 17:24
Montagna Fuji
以前に、赤富士と紅富士の違いについてこのブログにアップしたことがありますが、今日は夕焼けに映える富士を撮ってみました。
リヒャルト・シュトラウスが作曲した「アルプス交響曲」という曲がありますが、「交響詩富士」とか、「富士交響曲」という曲はあるのでしょうか?
(確か、交響詩「連祷富士」という作品があったと思いますが。。 演奏してみたいです!)
Hirofumi Yoshida
2008年12月19日 02:59
ローマのクリスマス
毎年、この季節になるとクリスマス(イタリア語でNatale、ナターレ)のデコレーションで駅は華やかな雰囲気になります。
追伸:23日のコンサートは、お陰さまで完売御礼となりました。
みなさん、紀尾井ホールでお会いしましょう!
Hirofumi Yoshida
2008年12月 7日 18:59
ローマ街道
"Tutte le strade portano a Roma" (すべての道はローマに通ず)という言葉があるように、古代ローマ帝国時代に整備された道は ローマ街道 と呼ばれ、軍事目的だけでなく物流面でも大きな役割を果たしました。
主な街道には:
アウレリア街道:ローマ→ジェノヴァ
アッピア街道:ローマ→ブリンディジ
アエミリア街道(エミリア街道)
カッシア街道:ローマ→アレッツォ
ティブルティーナ街道:ローマ→リミニ
フラミニア街道、ラティーナ街道 などがあります。
先日、ローマ近郊の街、リエーティ (日本の伊東市と姉妹都市!)に行った際に、via Salaria(サラーリア街道)を通りました。 この道はなんとアッピア街道よりも歴史が深く、その名前からも分かる(イタリア語でSale は塩の意味、つまりvia Salariaは"塩の道"という意味)ように、古代においては主に塩を運ぶ目的で使われていたそうです。
"サラリーマン" の語源とも言われている、この塩という意味の単語Sale(サーレと発音)ですが、身近なところでは、他にも "サラダ" ("塩で味付けされた"の意味、イタリア語では insalata と言います。in+ saleの過去分詞形といったニュアンスでしょうか。)の語源ともなっているようです。
2000年以上経った今も 国道4号線 として立派に使用され続けているこのヴィア・サラーリア、総延長は208.2kmでローマからアドリア海側の街アスコリまでを結んでいます。 Blogで紹介しようと思って、写真を取っておいたのですが、、やっと今日、アップできました! この写真から、みなさんに"悠久の歴史"が少しでも伝わりますように。。
Hirofumi Yoshida
2008年12月 5日 06:00
ロッシーニ
ジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ (Gioachino Antonio Rossini, 1792年2月29日、ペーザロ生まれ)作曲、オペラ「セヴィリアの理髪師」 (Il Barbiere di Siviglia)
さて、いよいよイタリアオペラ界最大の大御所、ロッシーニの登場です。アドリア海に面したペーザロで音楽一家に生まれた彼は、セミプロのトランペット奏者であった父親ジュゼッペ(本職は、食肉工場の検査官!)と歌手として活躍していた母親アンナのもと、子供の頃から正規の音楽教育を受けて育ちました。容姿はやや太り気味ですが、天使のような姿と言われ、かなりのハンサムだったようです。
イタリアのみならずヨーロッパの音楽シーンにおいて、天才作曲家としての名声を欲しいがままとしたロッシーニは、19世紀前半、つまり初期ロマン派のオペラ界を制覇した音楽家と言えるでしょう。それだけに、大変話題性のあった人物のようで、数々のエピソードや興味深い逸話はとても数え切れないほど残っていますが:
① あの(滅多に他人を称賛することのなかった) ベートーヴェン が、「セヴィリアの理髪師」を大絶賛した。(でも、ウィーンにおいてロッシーニの人気があまりにも高いことに愚痴をもらしていたようですが。。)
② 「ウィリアム・テル」を見た直後、ベルリオーズ は、「テルの第1幕と第3幕はロッシーニが作った。第2幕は、"神"が作った」と、畏敬の念すら抱いた。
③ ワーグナー に、「作曲家とはパレストリーナ、バッハ、モーツァルトそしてロッシーニのことだ!」と言わしめた。
④ スタンダール は、その著書"ロッシーニ伝"で、「ナポレオンは死んだが、また別の男が出現して、モスクワでもナポリでも、ロンドンでもウィーンでも、パリでもカルカッタでも、連日話題になっている。この男の栄光は、文明の及ぶ境界に制限されるだけである。しかもまだ32歳にもならないのだ」。
⑤ その一方で、なんと"料理の道"!?も志し、フランス料理によくある「○○のロッシーニ風」(ヒレステーキにフォワグラとトリュフのソテーを添えた「トゥールヌド・ロッシーニ」など)とは、彼の名前から取られた料理の名前である。
⑥ あまりにも料理が好きだったのか、料理の名前を付けたピアノ曲も作っている。
etc... 彼のエピソードには、本当に切りがありません。
それでは、そんなロッシーニが24歳の時に作曲し、一躍、ヨーロッパ中にその名声をとどろかせた最高傑作、オペラ「セヴィリアの理髪師」より第一幕、フィガロのカヴァティーナ(素朴な小曲という意)「ラ、ラン、ラ、レーラ...町の何でも屋に」(La ran la lera... Largo al factotum)をお楽しみください!
Hirofumi Yoshida

