Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史

吉田裕史:指揮者

東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。

Calender

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

New Entry

Archives

Category

Links

Links2

アンコールには、ヨハン・シュトラウス作曲 「ラデッキ―行進曲」 が演奏されました。各新聞記事にも主要なテーマとして取り上げられていたように、歴史的に、ハプスブルク帝国占領下の時代があったこの地方(特に北部イタリア一帯)では、この曲を演奏することに対して、長い間、賛否両論の意見が交わされていたようです。 そんな中、"様々な理由があるにせよ、この曲は、新年を飾るこうした華やかなコンサートには相応しい" (La Voce di Mantova紙)として、純粋に、音楽的な魅力から、マントヴァ市民の皆さんに好意を持って受け入れていただくことができました。 また、アンコールで演奏されたこの曲に対して、さらに bis (ビス、イタリア語でアンコールの意) がリクエストされたことも、特筆すべき出来事であったようです。 演奏の前に、吉田は客席に向かって新年のあいさつを述べています。 挨拶の言葉は、1月3日付の本ブログ記事にある通りですが、その挨拶に対してすぐに、今度は客席側から "Grazie!" (ありがとう!) という言葉が返ってきました。 アンコール"1回目"の演奏をお届けいたします。



ヨハン・シュトラウス作曲「ラデッキー」行進曲


Gazzetta.jpg

Sociale(歌劇場)のニューイヤー、聴衆は「ラデッキー」のアンコールをリクエスト


「ラデッキー」 Yes or 「ラデッキー」 No? 昨日の午後、歌劇場のすべての指定席を埋め尽くした聴衆は、もはやこの質問に対して疑いを抱く事は無かった。 この -ハプスブルク帝国の准将に対してヨハン・シュトラウスが献呈した行進曲- を、とても温かい雰囲気の中、熱狂的な拍手を持って迎え入れたのである。 それだけではなかった: なんと、聴衆はこの曲に対してアンコールを熱望したのである。 明るく溌剌とした日本人のマエストロ、ヒロフミ・ヨシダは、このリクエストに対してタイミング良く応え、さらには、聴衆に向かって新年のあいさつ "素晴らしい2010年となりますように!" を述べた。 (中略) その長い称賛と拍手は、シュトラウスを始めとする様々な音楽が素晴らしい演奏であった事の何よりの証拠であった。("La Gazzetta di Mantova"紙 2010年1月2日付)

2010年1月10日 08:35

"成功と共に開幕"

La Voce di Mantova 02012010.jpg

 

"Sociale(マントヴァ歌劇場のこと)の新年は成功と共に開幕"

 

劇場はシンフォニーコンサートのために満員、そして伝統的な「ラデッキー行進曲」に対してアンコールのリクエスト。

 

(以下、記事本文より抜粋)

マエストロ、ヒロフミ・ヨシダの指揮は、-コンサートの開始からその最後の瞬間までー 聴衆の深い共感を呼び起こした。

ロッシーニの序曲「セビリアの理髪師」のブリリアントな演奏に始まり、マスカーニの間奏曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」では、悲痛なドラマを表出。シュトラウスの作品群 -伝統的な "ポルカ" と「美しき青きドナウ」などの "ワルツ"- においては、明るく陽気、そして生き生きとした部分と、対照的に交互に現れるとてもデリケートなメロディーを表情豊かに描き切り、伝統的に(ニューイヤーコンサートのラストに)演奏される「ラデッキー行進曲」で、見事なまでに最後を締めくくった。最後のこの曲は、しかしながら、この地域(北イタリア)の歴史的背景という特別な理由から、必ずしも聴衆から受け入れられるとは限らない。それにも拘らず、劇場を埋めた満員の聴衆は、この曲のアンコールを拍手をもってリクエストしたのである。("La Voce di Mantova"紙 2010年1月2日付)

 

ラデッキー行進曲は、その名が示すように、北イタリアの独立運動を鎮圧したハプスブルク帝国の将軍、ヨーゼフ・ラデッキーを称えて作曲された。

 

 

Concerto Capodanno.jpg

マントヴァ歌劇場 ニューイヤーコンサート

 

以下のプログラムが演奏され、コンサートの模様は Mantova TV によってライブ放映されました。

 

1. ロッシーニ:「セビリアの理髪師」序曲

 

2. J. シュトラウス:ワルツ「芸術家の生涯」

 

3. J. シュトラウス:ポルカ「雷鳴と電光」 

 

4. J. シュトラウス:ワルツ「春の声」

 

5. マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲

 

6. モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲

 

7. ヨーゼフ&ヨハン シュトラウス:ピッチカート・ポルカ

 

8. J. シュトラウス:ワルツ「美しき青きドナウ」

 

 

アンコール

 

1. ヨハン・シュトラウス:トリッシュ-トラッチュ・ポルカ

 

2. ヨハン・シュトラウス:「ラデッキー行進曲」

2010年1月 1日 23:17

音楽監督に就任

800px-I-MN-Mantova19.jpg

 

本日1月1日付で、吉田裕史が マントヴァ歌劇場 音楽監督に就任いたしました。

 

就任記念ニューイヤーコンサートは、16時(日本時間1日24時)から開催されます。

今日、18:30から FMサルース に出演してきました。


"Happy Hour"
ナビゲート:藤田みさ
"大人の夜の楽しみ" をナビゲート


聴いてくださったみなさん、ありがとうございます!

Giovanni Allevi.jpg

パレルモのマッシモ歌劇場で共演したイタリアの国民的ピアニスト、ジョヴァンニ・アッレーヴィ さんとお互いにサインをして交換し合ったプログラムです。

 

それにしてもこの国は、凄い!

なんと、国会、それも上院(日本でいえば参議院)に彼を招いて、議事堂の中でライブ・コンサート を開催し、それをRAI(イタリア国営放送)が放送したのです。 まさに、音楽の国、イタリアの面目躍如たるところでしょうか。。

 

現在、最も多く テレビ やメディアに登場するピアニストであり、コマーシャル(BMW3シリーズなど)には彼の音楽がたくさん使われています。 また、ミラノのドゥオーモ前広場に数万人の聴衆を集めて コンサート を開催したり、半生を綴ったバイオグラフィーを出版し、ベストセラーになっています。

 

普段はシャイでとても感受性豊かな彼ですが、そこはやっぱりイタリア人! 演奏中はとても情熱的でした。

 

パレルモでのコンサートは、マッシモ歌劇場がたくさんの若者たちで埋め尽くされました。 3ヶ月前に発売されたチケットは、たったの2日でソールド・アウト。 こんなにも早く売り切れたのは、リッカルド・ムーティのコンサートと今回のコンサートだけだったそうです。

 

最後に演奏した "300年の年輪" ~ストラディヴァリウスが生み出された樹木へ捧ぐ~ という曲がいまだに頭の中で鳴っています。 全編を通して8分の7拍子という指揮者にとってもオーケストラにとっても大変スリリングでやりがいのある(笑)曲でした。

 

 彼のスコアを初めて受け取って、少しずつ読み始めたとき、、、なぜか、思い出されたのは、昔、大好きだったジョージ・ウィンストンの音楽でした。 いろいろな想い出とともに。。

 

どこからともなく、回想シーンが浮かぶ、、、これも音楽の持っている力かもしれません。。

 

2008年12月30日 23:34

ミュージカル

ミュージカル「GIFT」を観に行ってきました。

 

もちろん、日本語での上演なので、予習していかなくても完全にストーリーが理解できてとても楽しめました。

やはり、リアルタイムにドラマが流れていくっていいですね!

 

オペラも、できるだけリアルタイムに楽しんでもらえるように工夫していかなければ、と改めて感じた今日の公演でした。

 

さて、今年も残すところあと一日となりました。

みなさん、素敵な大晦日を!

 

 

2008年12月28日 17:24

Montagna Fuji

Image017.jpg東京の中心からも、富士山がこんなに良く見えるとは!

 

以前に、赤富士と紅富士の違いについてこのブログにアップしたことがありますが、今日は夕焼けに映える富士を撮ってみました。

 

リヒャルト・シュトラウスが作曲した「アルプス交響曲」という曲がありますが、「交響詩富士」とか、「富士交響曲」という曲はあるのでしょうか?

 

(確か、交響詩「連祷富士」という作品があったと思いますが。。 演奏してみたいです!)

 

2008年12月 5日 06:00

ロッシーニ

200px-Rossini.jpgジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ (Gioachino Antonio Rossini, 1792年2月29日、ペーザロ生まれ)作曲、オペラ「セヴィリアの理髪師」 (Il Barbiere di Siviglia)


さて、いよいよイタリアオペラ界最大の大御所、ロッシーニの登場です。アドリア海に面したペーザロで音楽一家に生まれた彼は、セミプロのトランペット奏者であった父親ジュゼッペ(本職は、食肉工場の検査官!)と歌手として活躍していた母親アンナのもと、子供の頃から正規の音楽教育を受けて育ちました。容姿はやや太り気味ですが、天使のような姿と言われ、かなりのハンサムだったようです。


イタリアのみならずヨーロッパの音楽シーンにおいて、天才作曲家としての名声を欲しいがままとしたロッシーニは、19世紀前半、つまり初期ロマン派のオペラ界を制覇した音楽家と言えるでしょう。それだけに、大変話題性のあった人物のようで、数々のエピソードや興味深い逸話はとても数え切れないほど残っていますが:

 

① あの(滅多に他人を称賛することのなかった) ベートーヴェン が、「セヴィリアの理髪師」を大絶賛した。(でも、ウィーンにおいてロッシーニの人気があまりにも高いことに愚痴をもらしていたようですが。。)


② 「ウィリアム・テル」を見た直後、ベルリオーズ は、「テルの第1幕と第3幕はロッシーニが作った。第2幕は、"神"が作った」と、畏敬の念すら抱いた。


③ ワーグナー に、「作曲家とはパレストリーナ、バッハ、モーツァルトそしてロッシーニのことだ!」と言わしめた。


④ スタンダール は、その著書"ロッシーニ伝"で、「ナポレオンは死んだが、また別の男が出現して、モスクワでもナポリでも、ロンドンでもウィーンでも、パリでもカルカッタでも、連日話題になっている。この男の栄光は、文明の及ぶ境界に制限されるだけである。しかもまだ32歳にもならないのだ」。


⑤ その一方で、なんと"料理の道"!?も志し、フランス料理によくある「○○のロッシーニ風」(ヒレステーキにフォワグラとトリュフのソテーを添えた「トゥールヌド・ロッシーニ」など)とは、彼の名前から取られた料理の名前である。


⑥ あまりにも料理が好きだったのか、料理の名前を付けたピアノ曲も作っている。

 

etc... 彼のエピソードには、本当に切りがありません。

 

それでは、そんなロッシーニが24歳の時に作曲し、一躍、ヨーロッパ中にその名声をとどろかせた最高傑作、オペラ「セヴィリアの理髪師」より第一幕、フィガロのカヴァティーナ(素朴な小曲という意)「ラ、ラン、ラ、レーラ...町の何でも屋に」(La ran la lera... Largo al factotum)をお楽しみください!

2008年12月 3日 18:25

ペルゴレージ

Pergolesi.jpg

4曲目に、オルガンのソロ演奏によって中世イタリアのクリスマスにちなんだ曲をお聴きいただいた後は、いよいよ"歌"(canto) の世界へ皆様を誘います。

 

ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ (Giovanni Battista Pergolesi, 1710年1月4日、イェージ生まれ)作曲、オペラ「奥様女中」より アリア "私のおこりんぼさん"(La Serva Padrona "Stizzoso, mio stizzoso,")

 

さて、おおよそ歴史をたどって御案内して参りましたが、、お待たせいたしました! イタリアと言えば、歌の国!! ここからはいよいよ"歌"の世界を思う存分にお楽しみいただきます。 まず初めにお届けするのは、夭折の天才作曲家、ペルゴレージによって書かれたオペラ「奥様女中」より、アリア(ソロで歌われる曲)"私のおこりんぼさん"です。

 

 ペルゴレージは当時最も音楽が盛んであった街の一つ、ナポリの楽長にまでなった作曲家ですが、なんと26歳!という若さで亡くなってしまいました。その短い生涯の中で書かれた数あるオペラの中でも、この「奥様女中」は現代でも演奏される最高傑作です。とても簡単にあらすじをご紹介すると:


金持ちで気難しい年配男性のウベルトは、下男のヴェスポーネ(黙役)と女中のセルピーナを雇っています。ウベルトはセルピーナに、チョコレート(ドリンク)を持ってくるのが遅い!と言って腹を立てています。彼女はこの愚痴を軽く聞き流し、ウベルトが「自分は結婚するから、出て行け!」と言うのに対し、「だったら、私と結婚したら?」と、言い返します。美人で賢いセルピーナは、"ウベルトは絶対に私のことが好きなはず"と、自信を持っていて(かなり中略)、最終的には、ヴェスポーネの協力も得ながら"ある手"を使い、見事に奥様の座を射止めます。


"頭の良い、機転のきく、美しく魅力的なメイドさん"、、モーツァルトのオペラなどでもすっかりお馴染みのキャラクターですね。。

 

1. イタリア人の人生哲学は、mangiare, cantare, amore.(食べて、"歌って"、恋をして。)まさに、歌の国と呼ばれるにふさわしいフィロソフィーではないでしょうか(笑)。


2. このオペラ、演奏時間はなんとたったの50分強です。


3. それもそのはず、このオペラは"全1幕"(2部に分かれてはいますが)で、登場人物はたったの3人、しかも実際に"歌う"のは2人だけ!(ソプラノとバスのみ)。では、もう一人はというと、、演技のみの"黙り役"なのです。


4. さらにもう一点。このオペラは本来、独立した作品ではなく、「誇り高き囚人(prigioniero superbo)というとてもシリアスな作品の 幕間劇(インテルメッゾ) として作曲されました。ちなみに、この"本作品"、現代ではほとんど演奏されません。


5. この当時、"毎日 チョコレート を飲む"というのは、上流階級の証であるとされていました。オペラの中でもこの習慣は特徴的(時には揶揄として)に取り上げられ、モーツァルトの"コシ・ファン・トゥッテ"やR.シュトラウスの"バラの騎士"などに、チョコレートを飲む(運ぶ)シーンが出てきます。

 

2008年12月 1日 04:04

ヴィヴァルディ

vivaldi_5.jpg

3曲目は皆さん良く御存じの名曲、ヴィヴァルディ作曲の「四季」より"冬"です。

 

アントーニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ (Antonio Lucio Vivaldi, 1678年3月4日生)作曲、合奏協奏曲「四季」より "冬" (Le quattro stagioni "L'inverno")

 

ヴァネツィアで生まれウィーンに没し、その生涯に協奏曲だけでも500曲以上を書いた天才作曲家ヴィヴァルディ、実はオペラもかなり書いていて、なんと94曲も作った(本人談)そうです。


しかし、その生涯はいまだかなり謎めいていて、まだまだ不明な点が多いようです。「音楽の父」と言われ、バロック時代の代表的音楽家である、あの J.S.バッハ(1685-1750)ですら、ヴィヴァルディの曲を研究し、その中から10数曲を取り上げ、実際に編曲までしたにも拘らず、1926年にトリノ大学の図書館で直筆譜が発見されるまでは、ほとんどその活動について知られることはありませんでした。


本日は、あまりにも有名となったこの曲集 「四季」 より、今の季節に合った曲として、"冬"を選んでみました。演奏いたします第1楽章には次のようなソネットが添えられています。

 

        「厳しい風に身震いして凍えている。噛み付くような雪。
        足の冷たさを紛らわすために歩き回る。辛さから歯が鳴る。」

 

ソロヴァイオリンの重音が、歯の"ガチガチ"を表現しています。そんな情景を想像しながらお聴きになってみてください。

 

1. 赤毛であった(らしい)ヴィヴァルディ先生、実は、、"本職"はカトリックの司祭!そのため、「赤毛の司祭」としてヴェネツィア中で有名だったそうです。


2. 中学校の音楽の教科書にも登場し、今では "聴いたことがない人はいない"と言えるほどに有名となった「四季」ですが、イ・ムジチ合奏団の演奏によって大ヒット(1965年頃)する以前は、まったく知られていませんでした。大ヒットの要因は、レコード時代の到来(まだ録音可能時間が短かったSP盤にちょうど良い曲の長さだった)と、とても親しみやすいメロディー&歯切れ良いリズムにあったようです。


3. 前述の"イ・ムジチ合奏団"(I Musici)は、イタリアの室内楽団で1952年にローマの聖チェチーリア音楽院の卒業生12名が集まって結成されました。

 

2008年11月29日 14:33

コレッリ

180px-Corelli.jpg

2曲目にお届けするのは、イタリアバロック中期の巨匠であるコレッリが作曲した、「クリスマス協奏曲」です。

 

アルカンジェロ・コレッリ (Arcangelo Corelli, 1653年2月17日生まれ)作曲、合奏協奏曲作品6より第8番「クリスマス協奏曲」より (Concerti Grossi Op.6-8 "Fatto per la notte di natale")

 

ヴィヴァルディよりも25歳、そしてバッハやヘンデルよりも32歳年上に当たるコレッリは、当時、作曲家としてだけでなく、天才的なヴァイオリン奏者としてもその名を馳せていました。パリ、ミュンヘンで活躍したのち、活動の拠点をローマに移し、主にオットボーニ枢機卿(後のローマ教皇アレクサンデル8世)の下で、首席ヴァイオリン奏者兼楽長として厚遇を受け、落ち着いた環境の中で数々の傑作を生み出しました。


この「クリスマス協奏曲」にはコレッリ自身によって、"Fatto per la notte di natale(主の生誕の夜のために)"という副題がつけられていて、聖書の中の物語を音楽的に"語る"ために欠かせない2つの要素:①天使たちが神を讃えるために歌うシーン、 ②羊飼いたちが牧歌的に笛を吹くシーン、が描かれています。

 

1. コレッリは、13歳からボローニャでヴァイオリンを学び、わずか17歳で当地のアカデミーの正会員に選ばれました。通常、アカデミーへの入会は20歳以上となっていて、コレッリの他に特例として10代で入会を許可されたのは、後にも先にもあの モーツァルト のみ!という快挙でした。


2. 笛、つまりフルートは、管楽器の中でも羊飼いの楽器とされ、その音は"誘惑"を象徴するものとされています。


3. 上述した2つの要素は、西洋音楽、とりわけイタリア音楽において、自然に、そしてまるで当たり前であるかのように現れます。本日、第2部で演奏するプッチーニ、ヴェルディ、そしてヴェリズモ・オペラの中にもそうしたシーンが多々登場します。歴史や伝統は脈々と受け継がれていきますから当然と言えば当然なのですが(笑)。

2008年11月27日 23:59

ppp×ppp?!!

現在、ローマ歌劇場では、12月に上演されるヴェルディ作曲「オテッロ」(シェークスピアのオセロ)のリハーサルが行われています。
指揮はリッカルド・ムーティ。 連日、素晴らしいProva(リハーサル)が繰り広げられていますが、今日のProva italiana(オーケストラ&歌手の合わせ練習)の中でも、とても興味深い指示(言葉)がありました。

オーケストラに最弱音を求める時に、指揮者が使う言葉にはいろいろあります。


例えば:

quasi niente! (クアジ ニエンテ!、ほとんど、"無"で!)

proprio ZERO! (プロープリオ ゼーロ!、まったくゼロ!) 

piano possibile! (ピアーノ ポッスィービレ!、できるだけ小さく!) ecc...(etc...)


今日、マエストロがオーケストラに対して出した指示は、今までに聞いたことのない言葉でした。

pppppp... (ピアニッスィミッスィモ...) ?!?!


皆さんが今までに聞いたことがあるのは、たぶん:

p (ピアーノ)

pp (ピアニッスィモ)

ppp (ピアニッスィスィモ)

などではないでしょうか?


"ピアニッスィミッスィモ!"、マエストロがこの指示を出した時のオーケストラの魅力的な最弱音は何ともいえず美しく、繊細で、、劇場全体が一瞬にして魔法にかかったように、"時間"が止まりました。。

後でイタリア人の友人に聞いたところ、この言葉は、イタリア語としては存在しないけれども、Si capisce..! (理解できる、、!) ということでした。

きっと、オーケストラにとっても、かなり新鮮な表現だったのでしょう!

2008年11月25日 06:50

モンテヴェルディ

Claudio_Monteverdi.jpg

これから数回にわたって、イタリアンクリスマスコンサート(12月23日、紀尾井ホール)で演奏するプログラムについて、その曲目の紹介と解説を連載していきたいと思います。 

 

今回は、ホール側の御好意によりすべてのプログラムを私が監修させていただくことになりました。 そして、このブログの記事は、、なんと、当日のプログラムにも掲載される予定です!

 

コンサートの第1部は、ダリオ・ポニッスィさんのナビゲートによって、イタリア音楽の歴史を御紹介しながら演奏をお楽しみいただくという構成にしてみました。

 

さて、オープニングを飾るのは、世界で最初にオペラを作曲したと言われている モンテヴェルディ(写真)の作曲によるオペラ 「オルフェオ」 より "序曲"です

 

クラウディオ・モンテヴェルディ (Claudio Monteverdi, 1567515日洗礼、クレモナ生まれ)作曲、 オペラ 「オルフェオ」 より "序曲" (L'orfeo "Sinfonia"1607224日、マントヴァにて初演)

 

 16世紀生まれ(今から450年近くも昔!)の作曲家モンテヴェルディは、記録に残っているだけでも18以上ものオペラを書きました。そして、歴史上初めて、楽譜の各声部に"楽器を指定" した作曲家として知られています。(例えば、"フランス風の2つの小さなヴァイオリンで"といったように。)

 

本日、演奏されるこの曲は、オペラ「オルフェオ」の冒頭で演奏される何とも華やかな、まさにコンサートのオープニングを飾るにふさわしいファンファーレ風の曲です。フィレンツェ、ミラノ、ローマ、ヴェネツィアなどの都市を中心に、人類史上最も芸術が花開いた"ルネッサンス"から"バロック"への移行期に書かれ、 "近代オペラ"の出発点ともなった記念碑的作品です。

 

(参考までに・・・)

 

1. "歌舞伎" と "オペラ"、この洋の東西を代表する2つの舞台芸術は、偶然にも、ほぼ同じ時代(1600年頃)に誕生しました!

 

2.    この当時はまだ "オペラ" とは呼ばれずに、"音楽による劇" (dramma per musicaまたは"メロドランマ"と呼ばれていました。

 

3.    現代でも、イタリア語でオペラ(Opera)とは、単に"作品"という意味に過ぎず、リリカ(Lirica)という単語の方が、私たちが通常用いている"オペラ"の意味に用いられます。 またはOpera liricaというように2つの単語をセットで用いることが多いようです。

 

4.    私のいる街、ここローマには世界遺産としても有名な コロッセオ があります。ローマの人たちは、いつの日か、モンテヴェルディ作曲のオペラ ポッペーアの戴冠 (ローマ帝国第5代皇帝 ネロ を題材にした作品)をこのコロッセオで上演することを夢見ているようなのですが、、、貴重な世界遺産のため、市当局や文化財省からの許可がなかなか下りないようです。 いつの日か、この夢が叶うといいですね!